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コラム

さとうゆみの輪くるライフ


イカはビキニがお好き?
2010.9.1

  ついに九月になってしまいました。まだまだ猛暑続きで夏の盛りのような暑さが続くらしいですが、九月の声を聞くとなんとなく気持ちがしょんぼりしてしまいます。 
  夏の思い出が楽しければ楽しいほどその終わりは寂しいもの。今年のわたしの夏は例年になく遊びが充実していました。御蔵島に始まり、浜松~渥美半島サイクリング、利島(ここに御蔵島から引っ越してきた野生のイルカがいて、ドルフィンスイムができるのです)、そして初めてのイカ釣り船・・・そう、これは生涯忘れられない体験になりました。

  これまで海は入るもの、釣りとはほぼ無縁だったわたし。過去に何度か桟橋釣りや浜辺からの釣りに挑戦してみたことはあるのですが、5センチほどの小さなキスが奇跡的にひっかかっただけであとはまるでダメ。でも、それはきっと気持ちが入っていなかったからで、釣り船に乗って、気合を入れていけばきっとバンバン釣れるはずと自分を信じておりました。

 ところが・・・。

 まだ夜も明けぬ暗い中、車を走らせ真鶴へ。二枚潮とやらでポイントを定めるのが難しいコンディション且つイカ釣り自体がそろそろシーズンエンドで、周りの船も我が釣り船の一行も愛しのイカに振られっぱなし。遠慮なく照りつけるギラギラした太陽とは対照的にまったりしていく参加メンバーたち。そんな中「色気で釣る!」とビキニになったMちゃんが最初のイカを釣りあげました。俄かに活気づく船上。ペースはゆっくりながらも一人、また一人、「釣れた!」の声が。その間にビキニのMちゃんは三杯目をゲット。とうとう釣れないのはわたしだけに。

 コーディネートしてくれた我らがリーダーNさん、ついに見かねて「ゆみさんの竿、ちょっと長いからやりにくいんじゃない?Mちゃんと場所を変わってみようよ」と提案してくれました。そうそう、きっと竿の問題なんだわっ。これで次はわたしがイカを釣りあげる番!と期待に胸をふくらませてせっせとリールを巻いていると、「釣れた~!」とかわいい声が斜め後ろから上がりました。いやな予感、できることなら振り返りたくない・・・ゆっくり顔を後ろに向けると、やっぱり。場所を交代したばかりのMちゃんがわたしが使っていた竿でまたもやイカを釣りあげたのです。
 茫然とするNさん。気の毒そうに無言でわたしを見つめるみんな。
「あっはは、イカも若いおねーさんの方がいいみたいね~。イカよ、お前もか、なーーんちゃってね。はっ、ハハハ、、、は~ぁ」と強がってはみたもののはげしく落ち込むわたし。

 結局、イカに熱烈光線を送りながらアプローチすること7時間半。釣ったのは自分の手だけで(痛かった)収穫はゼロ。いわゆるボーズというやつです。同情してくれたMちゃんとNさんからイカを一杯ずつもらい、特別な思いで食べた夕飯のイカの美味しかったこと。しばらく私の中ではイカは高級食材と同じ位置づけになりそうです。

 次はわたしもビキニで釣ってみるかな。釣りあげた瞬間にイカから墨をはかれちゃうかしら・・・。いや、それ以前の問題か。

 さて、どれだけ遊べば気がすむんだといささか顰蹙をかい気味だったわたしの夏休みもいよいよ終わり。
 オールスター直前、ことしの夏休み最終章・ロードレーサー持参で憧れのしまなみ海道で100km乗りこんできました。仕上がりバッチり?

 9月は本業でしっかり成果があげられるよう、秋鬱に負けずにがんばる所存でございます。そしていつの日か釣りリベンジも・・・



心の棲みか
2010.8.18

 今年もまためでたくひとつ歳を重ねたと同時に、暦の上では秋になりました。自他共に認める夏女。「秋」という響きをきいただけで胃がキリキリと痛みます(笑)。でも、わたしの夏休みはまだまだこれから!というわけで、先週は夏休み第二弾と称し、浜松の友人夫妻宅へ行ってきました。

 もう十年以上前になりますが、海好き・イルカ好きの仲間たちが集まって、今でいう自然体験エコツアーのようなことをやっていたことがあります。もちろんみんなボランティア。自分たちの想いを何か形にしたいと毎週のようにミーティングを開き、忙しい仕事の傍らにそれぞれに出来ることを分担し、現地に視察に行ったり、パンフレットを作ったり、ときには熱いトークバトルを繰り広げたり・・・たくさんの感動を分かち合ってきた特別な仲間達です。
 今では全国各地にバラバラになってしまいましたが、偶然にもここ数年それぞれに保護犬・処分寸前の鳥・捨て猫・引き取り猫という小さな可愛らしい家族を増やし、各自のブログがきっかけで頻繁に連絡をとるようになりました。そしてこの夏、みんなの中間地点にあたる浜松に集まろうということになったのです。

 ホストファミリーは仲間同士で結婚したカップル。ちょうど一年前に臍の緒がついたままの産まれたばかりの仔猫たちを拾い育て、今は二人と二匹で暮らしています。
 二人はともに一級建築士。夫は現在フリーランスで個人の家の建築設計を中心に、自然とうまく付き合いながら心豊かに暮らせる家作りをテーマにさまざまなプロジェクトに参加し、専門学校の講師などもしています。妻はビルやマンションなど大きな物件を手掛ける会社の管理職。少し前で言うところのDINKS。そんな二人が暮らしているのは築60年の古民家。なかなか借り手のなかった物件を安価で借りて住んでいます。
 気密性が悪く「夏暑く、冬はおそろしく寒い」そうですが、さすが建築家夫妻。ちょっとした小物や、手作りの使い心地の良いスッキリとした家具など、随所に工夫が凝らされていて、何よりいたるところに家への愛情が感じられてとても素敵でした。

 笑ったのが物置部屋に使っている和室に生えている雑草。畳の隙間から草が伸びているのです。とりたてて邪魔にもならないし妙に生き生きとしてがんばっているので気の毒だからそのままにしていると友人は言っていました。実際なんだか部屋に馴染んでいて、観葉植物に見えなくもないような・・・(笑)。

 二人の住んでいる家を見て、いわゆる豪邸とは程遠いけれど、もしかしたら本当の豊かさって、高い家具や調度品を買うのではなく、時間と愛情をかけて丁寧に生きるということなのかもしれないなあと感じ入りました。

 手入れの行きとどいた日本家屋の畳の上でゴロゴロしながら、のんびりとそれぞれの近況を報告しあったり、ネコと遊んだり、穏やかなひとときを楽しんできました。優しく、しみじみ平和になっていくような幸せな時間・・・いつでも自分の心の中に、そんな気持ちにもどれる「手入れの行き届いた部屋」を作っていたいと思たのでありました。



伝えていきたいもの
2010.8.4

  暑いだなんだと文句は言っても夏本番。大好きな季節の到来でまったくもって落ち着きのないわたしです。幸か不幸か今月は仕事のスケジュールもゆるめで、ここぞとばかりに夏満喫計画をじゃんじゃん立てて実行中でございます。

  その第一弾!まずは心の故郷『御蔵島』に行ってまいりました。

  野生のイルカと泳げる島としてすっかりドルフィンスイムが定着。シーズンともなると、人口300人ほどの島に一日に150人もの観光客がおしよせます。わたしが通い出してから早15年。今では船頭も第二世代に受け継がれつつあり、息子たちが活躍しています。中にはイケメン船頭もおり、おのずと女性ファンもついているようですが・・・でも、イルカの動きをよみながら絶妙なタイミングで船を回す舵さばきはやっぱりベテラン船頭ならではです。実際、うまい船頭さんの場合、合図とともに海に入ると、イルカが見られないことの方が少ないのです。若手だと、入水したもののイルカの姿はどこにも見えず、なんてことも時々あるのですけれど・・・。

  さて、今回は滞在中にタカベの『回し刺し網漁』に参加させてもらいました。これは御蔵島の伝統的な漁法で、水深15mまでのところで行います。縦の長さ15mちょっとの網を、タカベの魚群を大きく囲むように回し入れ、スキューバーを背負った泳ぎ手が海底で少しずつ網を内側にずらし、上にいる泳ぎ手がそれにあわせて上側の網をよせ、最後にタカベを網にとじこめて引き上げるというものです。

  一応、魚群探知機も使いますが、結局は長年の勘。リーダーの「このへん」という指示のもと、海の中に入り、目視で魚群を見つけます。
わたしの最初のしごとは『ボンデン(大きな浮き)付け』。 いっきに回し入れた網が倒れない(沈まない)ようにボンデンをつけていく作業です。これが予想以上にハード。
「ほれ~、いけ~!」ドボーンと投げ込まれるボンデン。必死に手を伸ばしながら泳いで潮に流されないようにキャッチ。今度は「あそこだーっ!!」と指さされた方に向かって全速力で泳いで、今まさに海中に沈みそうになる網をむんずと掴みボンデンのフックをかける!この網が重いんです。へたすると自分も網と一緒に沈んでしまう。
そうこうしている間にも網はどんどん海の中に放り込まれます。スピード勝負。運動会の借り物競走のイメージ。頭の中にはトルコ行進曲が流れていました。チャチャチャ~、チャチャチャ~、チャチャチャチャチャっ!ちゃっちゃらちゃっちゃ・・・(もういいか)力いっぱいフィンでもがいて乳酸いっぱい。。。
  そのあとは上で待機しながら網を寄せるサポートをしなければならないのですが、要領をえず、ほとんどぷかぷか浮かんでいるだけでした。
  途中急に潮の流れがかわり、タカベが一方の網にかたよって刺さってしまったため、あわや網が倒れ失敗に終わるかと思いきや、男衆のがんばりで逃したタカベはわずかだけ、大漁でした。
  最後は船にあがって、みんなで「せーの!」と声と力をあわせ人力でタカベを引き上げます。半端ではない重さ。でも、『獲る』喜びをかみしめながら、足をふんばりました。
  この日海に出たのは三隻の船で合計わずか15人ほど。時には怒号が飛び交う中、みんなそれぞれに精いっぱいの働きをし、漁は成功したのです。島外にも出荷するといっていたので、もしかしたらどこかのスーパーにならんでいるかもしれません。

  どんな漁もそうでしょうが、何よりも頼りになるのがリーダーとなる男衆の経験値。夜はとれたてのとびきり美味しいタカベを食べ、ビールを飲みながら、みんなであーだこーだ漁を振り返って大笑い。でもその中から若者たちは父や兄貴分から多くの物を得て、自らがリーダーとなる日に備えていくのだろうなあと実感しました。

  「オレは一から説明したりせん。あいつらが見て、やって、考えて、覚えてくれればいい。この漁はずっと残していきたいんだ」

  ずっとずっと残していきたい、伝えていきたい大事なもの、それはきっと自分たちの日常にもたくさんある。そのために何をしたらいいのかな。夏の夜の御蔵島で心の中にざわっと風吹いた瞬間でした。


荷物が届かない!?
2010.7.21

 全国各地で梅雨明け。東京は連日猛暑、溶けそうな暑さです。函館は風が心地よかったな~。
 四年ぶり二回目の開催となった函館競輪場でのサマーナイトフェスティバル。今回は現地から中継を担当させていただきました。二日間雨に降られることもなく、イベントも盛り上がっていました。ただレースの方は荒れ模様。とくに初日、やっぱり一着権利のレースは大激戦。真夏の夜の祭典にふさわしい熱さ?でした。
 優勝は成田和也選手。意外にも今年の初優勝が待望のビッグ制覇となりました。普段はクールガイというイメージの成田選手、優勝後に取材させていただいたインタビューではいつものように控えめなコメントながらも、ここで結果を出せたことでようやく応援してくださったファンのみなさんに応えることができたと、その胸の内を話してくれました。S級S班となった今年、安定した成績を残しながらも勝率を上げることができず、じりじりとした想いがあったのではないでしょうか。ここからブレイク、そして北日本に流れを引き寄せるきっかけとなるか、今年後半のビッグ戦線がますます楽しみですね。

 さて、実は函館の前に小倉に行っていたのですが、中三日だったので小倉から直接スーツケースを函館に送ることにしました。とくに何も言われなかったので、いつものようにパッキングしてホテルのフロントに預けたのです。予定ではわたしより早く荷物が函館に到着しているはずだったのに・・・。なんと、函館出発前日に宅急便の営業所から電話がかかってきて「お客様のスーツケースは荷物検査ではねられてしまい、今まだこちらでお預かりしております」と。
 ちょっとちょっとお!それはないでしょ~?
 通常関東を中心とした場合、特別に指定しない限りは九州にも北海道にも中一日かけて陸送で荷物が届きます。なので、中三日あれば大丈夫だろうと思っていたのです。ところがそこに落とし穴が。九州から北海道に送る場合には「空輸」なのだそうです。空港でのセキュリティーチェックで中に入っていたヘアスプレーがひっかかり、わたしのスーツケースは飛行機に乗せてもらえないことにっ!
 それにしたって二日もたってから電話がかかってくるとはどーゆーこと?第一事前に空輸だということを教えてもらってないしっ。「中のスプレーさえとりだせば大丈夫だと思うのですが」って言われてもスーツケースのカギはかけてきちゃったし。「陸送で北海道にお送りすると一週間かかります」・・・おーい、それじゃあサマーナイトフェスティバル終わっちゃうでしょ~!「どうしましょう、ではご自宅にお送りしましょうか?」・・・衣装も化粧品も資料もみーんなその中に入ってるんですけどぉ。ひさしぶりのビッグレースのためにはりきって買った衣装だったのに(T_T)。

 電話を受けたとき、髪の毛を切ってもらっている最中だったのですが、やりとりを聞いていたヘアアーティストのIさん、「こーゆーときは弱気になっちゃだめだよ。とにかく気持ちを強く持って、なんとかしてもらいなさい!どうしてもだめだったら高いブランドの洋服と化粧品買って請求しちゃいな。チャンスチャンス」とありがたいような、そうでもないような励まし。Iさんのエールを受けながら結局必死にくいさがった結果、業者契約をしているカギ屋さんを呼んでスーツケースのカギを開けてもらい、ヘアスプレーと、そのほかにも念のためひっかかりそうなものをすべて抜いてもらってから急いで送ってもらうことに。なんとか無事に前検日の夕方荷物が函館に届きました。ふう。

 ところ変われば事情も変わる。普段の思い込みは危険だと痛感した出来事なのでありました。 



アスリートに憧れて
2010.7.7

  2010年も折り返しをすぎ、後期がスタートしました。
  その幕開けとなった寛仁親王牌は市田佳寿浩選手の優勝。思い起こせば大雨の西武園オールスター決勝で逃げた稲垣選手の二番手をまわりながら3着で苦汁をなめたあの日から早6年近く。幾度も病気や怪我に泣かされ、そのたびに立ちあがり闘い続けてきた不死鳥がついに羽ばたきました!本当におめでとうございます!!
  市田選手も、そして準優勝の村上義弘選手も「100%力を出せた」と口をそろえる近畿勢会心のレース、その立役者となったのは新鋭・脇本雄太選手でしたね。無欲の先行でワッキー旋風を巻き起こしました。
 レース後、喜びを分かち合う盟友・市田選手と村上選手、偉大なる先輩に健闘を称えられて顔をくしゃくしゃにして涙する脇本選手・・・闘う男たちってなんてかっこいいのかしらっ、来世男に生まれたら競輪選手にならなくちゃ! つられて涙ぐみながらさりげなく心に誓ってみたのでした。

  以前別のコラムで書いたことがありますが、小さい頃の夢は「全日本バレーボールチームのキャプテン」でした。“キャプテン”とつけるところが甚だおこがましくはありますが、アタックNo.1の鮎原こずえになりたかったのです。夢を追うべく中学・高校とバレーボールをやりましたが、才能も身長も伸びずあっけなく断念。自分の身体能力の低さに打ちひしがれながらも、いまだにアスリートに心底憧れてしまうのです。

  奇しくも南アフリカではサッカーW杯の真っただ中。ベスト16に終わったとはいえ、サムライブルーの活躍は感動的でした。わたしを含め、普段はサッカーをあまり見ない俄かファンも熱狂しましたよね。

  話はそれますが、これまでアフリカと聞いてまず思い描くのは「アフリカンダンス」でした。もう20年ちかく前になりますが、ある音楽祭の司会をしてアフリカ音楽に触れ、大地の鼓動を思わせるジャンベという太鼓の音に魅せられました。なんでもすぐにやってみたくなるのがわたしの悪い癖。さっそく出演していたミュージシャンが主宰するワークショップに申し込んだのです。場所は富士山の麓にあるキャンプ場のようなところ。すぐ近くに自衛隊の演習場がありました。
  当時はめずらしかったドレッドヘアでアフリカの民俗衣装に身を包んだ本格的な人から、わたしのようになんとなく勢いできてしまった一般人まで、十数人の若者(そのころはわたしも“若者”に含まれていました)が参加。
  お目当ての太鼓の練習のほかに、ダンスの時間というのがあって、ものの勢いで一緒に踊ってみることに。
  先生は本場アフリカで活躍するプロのダンサー。これがすごい。サバンナを駆けるチーターのような躍動的かつしなやかな動きで、飛んで回ってのけぞって、ビートの聞いたリズムに合わせて舞う姿にくぎ付けになりました。もちろん見るのと踊るのでは大違い。15分もしないうちにふくらはぎは悲鳴をあげ、のけぞるたびに腰はミシミシきしみ、躍動感のかけらもなく、炭坑節のような状態に。カセットデッキから流れるアフリカンミュージック、そしてすぐ近くから聞こえるドーンッ、ドーーンッという自衛隊の演習音・・・なんだかわからないランナーズハイならぬダンスハイ。気持ちが体の痛みを超えて夢の中、アフリカ大陸までフライングハイ。
  もちろん一夜明けて本当の夢から覚めたあとはおそろしい筋肉痛が待っていました。歩くこともままならないほど強張った体をひきずるようにして家に戻り、その後一週間近くは使い物になりませんでした。しかしその後も幾度となくよみがえる鮮烈なダンス。

  そうだ、あのときは「今度生まれてきたらダンサーになろう」って思ったんだった。まあいってみればダンサーもアスリートですね。

  競輪、サッカー、ダンス・・・どんなスポーツもアスリートの最高のパフォーマンスを見ることで自分の中にエネルギーが湧いてくるのを感じます。
  到底かなわぬアスリートへの夢ですが、少しでもそれを伝えていける立場でいられることが今のわたしの喜びなのです。



消えたポリープ
2010.6.24

 梅雨入りした関東。思いのほか雨が降らないですね。競輪観戦も、走る選手にとっても雨はやっかいなもの。また日々の暮らしの中でも敬遠されがちですが、雨のない梅雨は不安。本来であれば夏の強い日差しを浴びる前にたっぷりと水が蓄えられる梅雨は、大地にとっても、植物にとっても恵みの雨となるはず。農作物や森などに大きな影響がでなければいいのですが。春先からここまでの寒暖の差の激しさや不安定な気候に体調をくずす人も多いようです。
 かくいうわたしも恥ずかしながら気管支炎を患い、喉の不調に苦しみました。ちょうど中継も入っており、途中Mr.レディーのおねえさんのような声になりかけましたが、なんとかしのぐことができました。
冬場は神経質なくらいうがいをしたり、ささいな体調の変化に気をつけたりしますが、春を越して気持ちが少し油断していたのかもしれません。大いに反省です。

熱や体の痛さは我慢さえすればどうにかなるけれど、声が出なくなることはなによりも恐ろしいです。時々うなされたように夜中にガバッとおきて「おはようございます。さとうゆみです」とご挨拶をして(誰にだ・・・)声が出ることに安心してから再び眠る、ということがよくあります。

今から20年近く前のこと。なんとなく声に透明感がなくなって、最初は風邪かと思っていたのですが、長い間治らないので耳鼻咽喉科で診てもらったところ小さなポリープができているので切った方がいいと言われました。「ポリープって有名歌手が手術をして芸能ニュースの話題になったりしているアレだ」・・・ちょっとかっこいい感じはするけれど、冷静に考えてみれば駆け出しでペーペーのわたしがひと月も仕事から離れたら生活は瞬く間に困窮し、そのまま仕事がなくなってしまうに違いない・・・でも無理をしてひどくなって声がでなくなったら・・・途方にくれていたわたしに声優をめざしていた先輩が『すごく効く漢方』を処方してくれる耳鼻咽喉科を教えてくれました。ただし「どんな状況でも受け入れること。信じる者は救われるから」と意味深な言葉を添えて。

教えられた場所に行ってみると、今にも取り壊されそうな旧い木造の建物に“○×耳鼻科”の看板。おそるおそる引き戸を開けて入って行くと、「いらっしゃーい」という能天気な声。現れたのは小柄でヨレヨレのあまり白くない白衣を来た男性。頭は白髪交じりの短いボサ髪、ケーシー高峰さんが漫談のときに使っている丸い銀板のついたものをつけているのがより怪しさをかもしだしていました。
どきどきしながら診察台に座ると、「はい、お口あーーーんっ。べろだして~ぇ」 ギロッと喉の奥をのぞきこんだ先生、「できちゃってるねぇ、ポリープ。あっ、でもささくれみたいなもんだからだいじょーぶ。とりあえず薬ぬっとくからね~。イチゴ味とメロン味、どっちがいい~?」「へっ、イッ、イチッ、いや、メロンで・・・」「はーい、メロンね~」 見ると近くにある台に、まるでかき氷のシロップのようなショッキングピンクと緑の液体が。たしかにそれはメロンの味がしました。
そして、噂の?漢方薬を処方してもらい病院をあとに。かなり衝撃的な体験でした。もらった薬がはたして大丈夫なのかと不安になるくらい。
ところがメロン味とイチゴ味を交互に週に一度塗ってもらうこと四回。なんと、ポリープがきれいに消えたのです。今のように薬についてくわしく説明されることがなかったので、あれがなんの漢方だったのか知るよしもありませんが、あの迷医、いえ名医のおかげで以来ポリープとは無縁で今もこうして仕事ができています。

人はみかけによらぬもの。信じる者は救われる。

いまだにかき氷を見るたびにあの先生を思い出すのでありました。



鈴虫寺
2010.6.10


 今年二つ目のタイトル戦『高松宮記念杯競輪』が終わりました。優勝は平原康多選手。この大会二連覇。表彰台の真ん中で手を上げる姿は昨年よりもさらに凛々しくオーラが出ていました。今回は関東勢三人並んでの表彰式だったことも笑顔をより輝かせたのではないでしょうか。
間もなく前期が終わりますが、GPの出場権を獲得できるG1はまだ二つしか行われていません。かわってここから9月までは毎月タイトル戦が控えており、いよいよG1戦線が激化していきます。昨年もここでの優勝が大きなきっかけになり関東勢を牽引してきた平原選手。近畿旋風が吹き荒れていたここまでの流れをこのあと大きく変えることになるのでしょうか。

と、そんなことを考えながら京都からの新幹線にのって、東京に帰ってきました。G1が終わった後はいつも祭りの後のような寂しさを感じます。お疲れビールをプシッとやりながら激戦の四日間を振り返り、しみじみ余韻にひたりたかったのに・・・わー、きゃーと車内に響くにぎやかな声。修学旅行生にしては、野太い、いや迫力のある声だなあと思いきや、京都観光帰りらしき仲良しおばさまグループでした。

あいもかわらずやはり京都旅行は人気のようです。我が母もここへきてやおら「京都に行きたい!」と騒いでおります。もっとも母の場合は単なる観光ではない目的があるようですが。

それは『鈴虫寺』。正式名称は『妙徳山 華厳時』というそうですが、お寺の中で鈴虫を飼育していて、その音色が一年中聞こえることから鈴虫寺と呼ばれています。
ここに立っているお地蔵様は日本で唯一わらじを履いています。このお地蔵様にひとつだけお願い事をすると、それを叶えるためにその人の家まで歩いてきてくれるというのです。

実はわたし、一年半ほど前に行ってきました。それというのもある人が鈴虫寺で「100万車券があたりますように」という願い事をしたところ、ほどなく本当に三連単で110万円を超える払戻金を手にしたと聞いたのです。賭けごとの願いを聞き届けてくれるお地蔵様なんてそういるもんじゃない、きっととても心の広い素晴らしいお地蔵様にちがいない!となれば善は急げで、さっそく勢い込んで出向いてまいりました。
残念ながらわたしの願い事はまだ叶えられてはいませんが、東京都内は人も多く、交通事情も複雑なためきっと道に迷われていらっしゃるのだろうと、いつの日か我が家に現れるのを今も信じているのです。
いやそれとも100万車券以上にわたしの願いが俗物的なので、あきれて来てくれないのかしら。。。お地蔵様との約束で、願い事は他言無用につき、皆様にご報告するのは叶えていただいてからということで。

それにしても母は何をお願いするつもりなのか。

「鈴虫寺って縁結びにご利益があるのよね。ふふ」

母の微笑みに言い知れぬ不安を感じているわたしなのでした。



克服するは坂道?それとも?
2010.5.26


 このところ寝不足が続いています。毎晩日付が変わるまで、ロードレース観戦にはまっているのです。

 もともときっかけはテオ・ボス選手。数年前までは国際競輪で来日し、多くの女性ファンをとりこにし?女性週刊誌でもとりあげられていたプリンス・テオ様です。まさかのメダル獲得ゼロで終わった北京オリンピックの後、ロードに転向。トラックからロードへの転向は難しいとされる中で徐々に成績を残しています。
 
 といいつつ、肝心のテオ様が出場していたツアー・オブ・カリフォルニアはまるで見ておらず、その前に開幕したジロ・デ・イタリアにどっぷりはまっています。日本からただ一人参戦している新城幸也選手の前半での活躍も釘付けになってしまった理由のひとつではあるのですが。

 さて、ロードといえば、先日全日本プロ選手権自転車競技大会を観戦しに函館競輪場に入ったときに、沖美穂さんにお目にかかりました。
 沖さんは、あの橋本聖子さんにあこがれて22歳のときにスケート会から自転車競技の世界へ転身。その後、全日本選手権で11連覇を成し遂げ、ヨーロッパのプロチームと契約し、日本人女性初のプロ選手となった日本の女子自転車界の第一人者です。
 現在はイタリアでコーチとしての勉強をされているそうですが、ガールズケイリンがスタートした当初から選手にいろいろとアドバイスを送るなど、サポートをしてくださっています。
 この日は沖さんとガールズケイリン出場選手とのトークショーも行われ、運よくステージ前にいらしたところに出くわし、お話をさせていただく幸運に恵まれました。
 近況などをうかがいながら、恐れ多くも「登坂が苦手なのですけど、克服するにはどんなトレーニングをすればいいですか?」などと、調子にのって質問してしまいました(笑)。
 素人のわたしの陳腐な質問にも丁寧に答えてくださった沖さん、「実はダイエットが一番なんですよ」と。ドキッ。坂道は重力に逆らって上っていくわけですから、当然体が重ければ足にかかる負担が大きくなる・・・ハードなトレーニングをやるよりも体重を1kg落とした方がよほど早く上れるようになると。なるほど。
 ちなみに、女性は脂肪がつきやすいですから、世界で活躍する強い女子ロードの選手たちも、レース前はまずダイエットから入るそうです。もちろん筋肉量を減らしてはもともこもありませんので食べないというわけではなく、朝はフルーツだけとか、油ものをとらないようにしたり、お肉以外の蛋白源をメインにしたり、食事管理がたいへんなようです。
 きっとビールなんてもってのほかなんだろうなあ。。。せっかく教えてもらったのに、うなだれるわたし。でも、今の「なんでもあり」の食生活をすこーし見直しただけでも、意外と体重は落ちるかも!(ようするにそれだけなんでも適当に食べているということ)と思い直し、ひそかにダイエットをしてみようかと思い始めている今日この頃なのです。

 ちょうどジロ・デ・イタリアは終盤に入り、山岳タイムトライアルが行われました。途中未舗装路があったり、ゴール前はなんと斜度が24度もある急勾配を上ります。競輪学校の登坂走路ですら14度ですから、その険しさたるやっ。無駄な脂肪などまるでなし、美しく絞られた体で山頂をめざすアスリートの姿をみながらイメージトレーニングはバッチリ。

 よしっ、今日からビールを減らして焼酎にするぞっ!

・・・ってやっぱり先が思いやられるな。

自転車月間
2010.5.12


 50年ぶりに連休中ずっと好天にめぐまれたという今年のGW。まさに競輪日和となり、『SSシリーズ風光る2010』が開催された静岡競輪場は盛り上がっていましたね~。

 来場者数は連日1万人を超え、最終日は14000人近くも!やっぱり本場が活気づくと、わくわくしますよね。場内にはGWを利用して遠くから来ているファンの方もたくさんいらっしゃいましたが、みなさん随分前から交通機関のチケットを予約して準備万端備えていらしたのでしょうね。

 優勝した村上博幸選手も、ひと月まえから帰りのチケットをとっていたそうですが、その時点ですでに予約ギリギリだったとか。見事優勝し、専門誌や雑誌、テレビのインタビューが長引いたため、急きょ時間を変更しなければならなくなり、同県の仲間に頼んでいたようですが、はたして無事に帰宅できたのかしら・・・。取材へのご協力、ありがとうございました!


 風薫る中、風光るとともにスタートした五月。30度近くも気温が上がる日もありましたが、やっぱりこの時期は湿度もなく、さわやかです。やわらかな新緑が日ごとに力強い輝きをましてゆく季節、家の中にいるのはもったいない!

 最近になってまたロードレーサーを引っ張り出してサイクリングを楽しむことが増えてきました。今月からスタジオへの自転車通勤も復活するつもりです。

 ちなみに5月は自転車月間。これは1981年5月に「自転車の安全利用の促進及び自転車駐車場の整備に関する法律」が制定されたのを記念して定められたものです。自転車の安全運転・交通ルールやマナーの向上などを図ることを目的としています。


 ここ数年自転車の人気は高まるばかり。環境にも優しく、また有酸素運動としても注目され、地球にも体にも良い最高の乗り物ですよね。ただ、歩道でも車道でも事故が増えているのも事実です。あまり世に知られていない自転車月間ですが、より自転車が普及し、安全にたくさんの人に楽しんでもらえるように、意識を高めていきたいなあと思っています。

 と同時に、これだけ自転車人口がありながら、まだまだ日本の道路事情は整備されていないなあと感じます。都内をロードレーサーで走るときには、車に幅寄せされたり、駐車車両に行く手を阻まれたり、日に何度かこわい思いをします。

 先日、グランツールのひとつである『ジロ・デ・イタリア』が開幕しました。今年のスタートはオランダ。中継の中でも紹介されていましたが、オランダでは主要自動車道や都会の道のほとんどに自転車専用レーンがあるそうです。そのかわり、自転車は歩道を走れないそうですが、確実に速度の違う、車・自転車・人がそれぞれ違う道を使うることで、より快適に、且つ安全に楽しむことができます。また特別料金や手続きの必要もなく自転車を鉄道で運べるそうです。混雑具合などの問題はあるにせよ、日本でもそれが可能になれば、自転車と公共交通機関をつかって、エコな旅を存分にたのしめるのになあとうらやましいです。

 自転車月間、マナーの向上とともに、ぜひ日本の自転車環境の向上にも一役買ってほしいと願っています。

 さて、毎年自転車月間に、日本でもツアー・オブ・ジャパンが開催されます。先日の世界選手権トラック競技でスクラッチ銅メダルという快挙をなしとげた盛一大選手も参戦します。今月は競輪はもちろん、ロード界にも大注目です!



チャレンジ・ザ・オリンピック
2010.4.28


これぞ行楽日和!となった快晴の日曜日、電車に揺られグリーンドーム前橋に行ってきました。全天候型のドームですからお天気は関係ないのですが、それでもスキップしたくなるくらいの青空に心は浮かれ気味。

この日前橋で開催されたのは『チャレンジ・ザ・オリンピック』。
ご存知のように『チャレンジ・ザ・オリンピック』は、五輪に向けて、自転車トラック競技のナショナルチームのメンバーと強化指定選手を再編成するために行われます。定められたタイムを切ることができれば、その選手は強化指定選手に、またそうでなくても上位の記録を残せば強化委員会によって選考されることもあります。
ロンドン五輪まで二年。そろそろオリンピックを視野に入れての本格的な強化が期待される時期。出場を目指す選手たちも去年とは目の輝きが違ってきたような・・・。
先日UAEで行われたアジア選手権でメダルを獲った渡邉一成選手、成田和也選手、新田祐大選手はすでにメンバー入りが決まっているそうで大会には参加しませんでしたが、その他は永井清史選手、北津留翼選手、深谷知広選手らが出場し、200TTで悠々規定タイムをクリアし「さすが!」の走りを見せていました。また矢口啓一郎選手もクリア。そのほかでは佐藤友和選手、浅井康太選手、柴崎淳選手、雨谷一樹選手らが良いタイムを出していました。
このコラムが更新されるころには正式にメンバーが発表されるかもしれませんね。

さて、若手が世界への第一歩を目指して懸命にペダルを回す中、ベテラン選手で格別のオーラを放っていたのが坂本英一選手です。250TTでは全体の3位に入る活躍。現在高校生で共に今大会に出場していた息子さんに「親父の強さ」を見せつけていました。
ご自身「前回よりもタイムがいいんですよ!」とおっしゃっていましたが、レーシングウエアに包まれた体はまさにアスリート。42歳にして無駄な脂肪などまるでなし。何よりも人一倍目を輝かせてキラキラしていたその表情が印象的でした。

また、佐藤慎太郎選手や山崎芳仁選手を送り出した名伯楽・添田広福さんにもお目にかかりました。といってもこちらは選手としてではなく監督。現在中央大学の自転車競技部を指導されていらっしゃいます。トラックだけではなくロードも監督されていて、昨年6月に行われた全日本学生選手権チームロードレース大会で大会新記録を樹立、チームを四年ぶりの優勝に導いたそうです。
大学のチームロードレースは四大会のひとつとして大きく注目されています。四名で構成されたチームで一団となって90km先のゴールを目指すというもの。トラック競技団体追い抜きのロングバージョン。過酷なレースであるとともに、先頭交代のタイミングや選手の士気を高めるためのレース中のさまざまなアドバイス、そしてかけひきなど指揮官の力がとても重要になります。
「さらに勉強しなくてはいけないこともたくさんありますが、競技に没頭する学生と向き合い、指導していくのはとてもやりがいがある。ボランティア的なところも多くて女房は困っていますが、僕は本当に楽しい。熱くなるんです」と、こちらもまるで少年のように瞳を輝かせて思いの丈を話してくださいました。

いいなあ!まさに一生青春!!
いつになっても情熱のすべてを注げるものがあるというのは素晴らしいですよね。

ちなみに、今回男女ともに出場者の最年長は46歳の一般の方。お子さんをおんぶして競技場を後にする姿を見ました。いろいろな意味で刺激をうけた楽しい一日になりました。

いざ、チャレンジ・ザ・☆☆☆☆!!


タケノコ掘りを初体験!
2010.4.14


 このところ寒暖の差が激しすぎますね~。
  共同通信社杯・春一番の取材を終えて小松島から東京にもどったときには、あまりの寒さにそのまま羽田から南方へ逃亡しようかと思いました。

 さて、最終日を迎えた小松島競輪場の車券売り場の前で、我らが『黒潮のヒデさん』こと吉井さんにバッタリ遭遇。帰ったらすぐにタケノコ掘りに行くとのこと。年中お会いしていますが、なぜかこのときは特別に運命的なものを感じ、タケノコ掘りに一緒に連れて行ってもらうことにしました。

  前日は雨。それも半端ではない大雨。気温も下がり、真冬並み。近所のスーパーで黒いゴム長靴を買い、さらには防寒用の肌着にフリース、山登り用のカッパ上下も揃えて用意万端。と、当日はそんな心配をよそに太陽が顔を出し、ジャケットがいらないくらいの暖かい陽気に。
  晴れ女(と自分では思っている)面目躍如。ふぉっふぉっふぉっ。

 目指すはタケノコの産地として有名な千葉県大多喜町。待ち合わせした駅は単線で、ムーミンが描かれたワンマン電車が停まり、色とりどりの花にいろどられ、自然が豊かでメルヘンチックなとてもかわいらしいところでした。宮崎駿の映画の舞台にでもなりそうな風景。東京の自宅から車を走らせて2時間。こんなところがあったんだあと、すでにそれで大満足。

  しかし、本番はそのあと!
  メルヘンの世界から、タケノコ狩りに燃える超現実的な男たちとともにタケノコの山へ。最初こそ見つけるのにすこし時間がかかりましたが、ひと度「あった!」の声があがると、次から次へと「おっ、ここにもあんぞっ!」「すぐとなりにも」「あっちだ!」「こっちだ!」とにぎやかな声が山に響き渡ります。といってももっぱら発見するのは吉井さんと吉井さんのお兄さん。わたしは「どこー?」とくっついていっては、デジカメでパチリ。「こっちのはすごく大きいぞー。ほら~写真、写真」「はーい」で、パチリ。まるで役にたっていません。ただ、かなりの急斜面でかつ、竹の間に枯れ枝などもそこここに倒れたりしていますので、移動するだけで結構大変。

   一方、競輪記者のKさんと、うちの相方はタケノコの運び役。次から次へと掘り出されるタケノコを袋や背負籠に入れて運ぶのですが、これがまた大変。籠いっぱいになるととてもとても斜面を上がれません。普段検車場では眼光鋭く選手を取材し記事を書いているKさんも、大汗かきながら悪戦苦闘していました。わたしもおよばずながらお手伝い。

  そうこうしている間にも、吉井兄弟のタケノコ掘りは快調に続きます。運び手が足らず、最後は吉井さん自ら背負子になってタケノコを担いで上がってきました。籠をみてびっくり!大きなタケノコが山盛り。到底もてる重さではありません。しかもかなり下の方に行っていたはずなのに。。。さすが、ダービー王!足腰の鍛え方がちがいます!!

  以来、我が家では「男の強さ」をタケノコで表現するようになりました。「ちょっとあの人にはタケノコ背負うのはむりだね」とか「あの人ならひと籠いけちゃうよ!」とか。。。

  ちなみに相方は、次にお呼びがかかる日のために、スクワットトレーニングをはじめたのでありました。

  それにしても、大多喜のタケノコはおいしい!!しばらくはタケノコ三昧の春の食卓を楽しめそうです


潮来の思い出
2010.3.31


  咲き始めた桜の花も寒さに戸惑う3月末。 「ねー、ただで温泉ってどーお?」と叔母からの電話。ようするに上京中の祖母をつれて温泉に行きたいので顎足つきで運転手をやってほしいとのこと。
 母も参加することになり、祖母・母・叔母・わたし、女四人親子三代で温泉旅行に行くことになりました。孫の私が45歳なのだから、平均年齢の高さは推して知るべし。
 行く先は茨城の潮来。ん?潮来って温泉郷じゃないような。。。

 渋滞の首都高速を抜け、東関道を一路東へ。昼過ぎに潮来に到着。
 旅行の楽しみのひとつは食事。「おいしい昼ごはんを食べよう!」と食欲もりもりの四人。しかし、潮来ICを降りた先はのどかな風景が広がるだけでめぼしいお店がみつからず。駅まで行けば何とかなるのではと、駅前に車を停めてお店を探そうとしたそのとき!笠をかぶったかすりのモンペ姿のおばさんが自転車にのってやってきました。何やら大きな声でこちらにむかって叫んでいます。助手席の叔母が車の窓をあけると

   「みなさん、ケンガク?」

   ケンガクとはきっと観光ということなのでしょう。どうやら観光の勧誘、ようするに客引きの様子。と、質問を無視し「この辺にご飯食べるとこない?おいしいやつ!」といきなり切り返す叔母。すると今度はおばさんもそれには答えず「舟、のんない?まけとくから」と満面の笑み。
 お互い一歩もひかずそれぞれの主張をぶつけ合うつわもの二人。はたしてその決着はどうなるのかとドキドキしながら見守っていると、後部座席から「舟は明日のるから、お昼ごはん食べるとこない?」と母の援護射撃。「明日だとまけらんない。今日だったらおまけしとくよ」おばさんも頑なにひきません。
 耳の遠い祖母はきょとんとした顔で目をぱちくり。結局おばさんの押しに負けたわたしたちは1時間後に舟に乗る約束とひきかえに食事処を紹介してもらい、なんとか昼食にありついたのでした。

 おばさん、わざわざ駐車場まで迎えにきてくれて、というより逃げないように見張りにきて、そのまま自転車で車を船着き場まで先導してくれました。右左折の合図もテキパキバッチリ。見事な自転車誘導。

 潮来といえば水郷地帯で知られる場所。かつては日常的な交通手段であったサッパ舟と呼ばれる小さな舟が、今は観光として使われています。娘船頭さんや、嫁入り舟が有名。おばさん、単なる勧誘だけではなくれっきとした船頭さんでした。娘船頭さんとよぶにはかなり人生経験豊富そうな女船頭さんですが、味わいのある茨城弁での名ガイド付き。ちなみに最近は遊覧距離がのびたので昔ながらの櫓ではなくエンジンを使って舟を出しているそうです。
 川の両側には桜の木がたくさんありましたが、ふくらみ始めた蕾はここ数日の寒さでキュッと閉じたまま。あと一週間遅かったらきれいだっただろうなあ。ちなみに一番のおすすめは近くの庭園のあやめが満開になる6月だそうです。

十二の橋をめぐり、折り返してきた帰り道。「それではここでひとつ、お耳を拝借、コホン」とあらたまったおばさん、「♪潮来ぉ花嫁さんはぁ~、潮来ぉ花嫁さんはぁ~、舟で~ぇぇゆーくぅ~ 」
と情感たっぷりにアカペラで歌い上げてくれました。ふむ、これはこれで情緒があるかと思いながら、舟の中を見回すとそこには、、、
 補聴器をつけてはいるもののおそらく歌はほとんど聞こえていない90歳に手が届く祖母と、なぜかノリノリで歌に合わせて頭を振っている来年70歳になる母と、きわめて現実的に台風がきたときの近隣の民家の浸水を心配する還暦をむかえたばかりの叔母と、おばさんの免許は一級船舶か二級船舶か気になって仕方がない45歳のわたし。
 うーーーん、白無垢の花嫁のイメージとはかけ離れすぎだ。。。

 こうして四者四様、潮来での思い出を刻んだのでありました。ちなみにやはりお風呂は温泉ではありませんでした。はい。

 さて、このコラムの連載当初から担当してくださっていた方が今年度いっぱいで卒業されることになりました。長い間どうもありがとうございました。これからもパワフルに、持ち前の笑顔で人生を謳歌していただきたいと心からエールを送ります!!


花粉に立ち向かえ!
2010.3.17


 ここ数日の東京は寒さがすっかり緩み、春の陽気です。あたたかな風に誘われて、ふらりと散歩を楽しみたいところではありますが・・・世の中そんなに甘くない・・・花粉が猛威をふるい始めているようです。

 わたしはどちらかというとヒノキ型(自慢になりませんが)のようで、スギ型の人に比べると、ひと月ほど遅れて症状が現れます。今年はまだいまのところ、それほどひどく反応していませんが、明日はわが身。少し前から予防グッズを買いあさっています。
 
 年々充実する花粉対策グッズ。なるべくなら飲み薬には頼りたくないと、今年も試行錯誤を重ねております。

今年は「塗る」タイプのものが人気になっているようです。とくに鼻の外側に塗るものはどの薬局に行ってもすでに売り切れ。「効きますよ」とスタジオのカメラさんから聞き、わたしも買いに行ったのですが、残念ながら手に入れることができませんでした。

 代わりに鼻の中につける塗り薬を購入。めん棒などで鼻の中に塗布するというものですが、電車の中にぶら下がっていたこの商品のポスターを見て笑いました。ラブラブな雰囲気の美男美女。どういう関係があるのかと思いきや、よく見ると男性の手にはめん棒がっ!

「ボクが塗ってあげるよハニー」

「ありがとうダーリン、あなたのおかげで花粉知らずよ」

と勝手にセリフを考え(実際にはどこにもそんなことはのっていない)、美男が美女の鼻の中にめん棒を入れるシーンを想像し、ひとりでウケているわたしは幸せなのか、愚かなのか・・・。

もちろんワタクシは清く正しく自分で自分の鼻にめん棒を入れて塗っております。塗ったところがなんとなくボワンとして効いているような気もします。ただ、注意しなければいけないのは、鼻の入り口に塗りますので、ふと気がつくとゴミなどが付着して、ちょっと間抜けな顔になりやすいこと・・・。仕事でアップになるときには要注意です。

つい先日は鼻の中に入れるマスクとやらを買ってみました。直径1cmほどのくらげのような物体を鼻に差し込んで使用します。奥に入りすぎて取れなくなってしまわないように、両鼻のパーツが紐でつながれています。これがよくできていてほとんど目立たないのですが、ちょっと緩んでくると、牛の鼻輪のような状態に。かなり効果はありそうですが、空気を吸う穴が少なくなるわけですから、必然息苦しさがあります。

ふむ、やっぱり体質改善が一番だよな。

かつて花粉症で苦しんでいた神山雄一郎選手は水を変えるなどしてアレルギーを克服したそうです。「時間はかかるけど、続ければかならず効果がありますよ」と。逆をかえせば、食生活を見直し、地道に努力することこそが大事だということですよね。

所詮、付け焼き刃では解決にはならず・・・。

 よし、今度こそ一年発起して体質改善をめざそう!そう思いながらビール片手に体質改善のためのネットサーフをしているわが身の先が思いやられます。。。


閉幕、そして開幕。
2010.3.3


 17日間に渡り熱戦が繰り広げられた冬季五輪バンクーバー大会が幕を閉じました。冬季五輪は自転車がないですし(当たり前だけど)、夏季に比べて競技数が少ないので、なんとなく意識も低く、そろそろかなあ?などと思っているうちに始まったという印象です。ちなみに、今回のバンクーバーオリンピックは7競技86種目。それに対し夏季五輪、前回の北京オリンピックは28競技302種目ですから大きく違いますよね。
 それでもいざ開幕となると、テレビも新聞も五輪の話題でもちきり。必然、だれもがにわかオリンピック通。わたしも話題に乗り遅れないように、あれこれチェックしていました。

 なかでも世紀の対戦となった浅田真央選手とキム・ヨナ選手の女子フィギュア・フリーはまさに国をあげての物凄い盛り上がりでしたね。これまでもグランプリシリーズや世界選手権など幾度も対戦がありましたが、ここまで注目されたことはなかったと思います。やはり五輪は特別中の特別、四年に一度しかない世界のスペシャルイベントなのだとあらためて感じました。

  四年という重みは、日々自分の肉体と向き合っているアスリートにとってはとてつもなく長い時間ですものね。ここを逃せば次は四年先。しかもそれまでには肉体的な変化もあるかもしれない。自分自身との闘いだけではなく、国の期待という大きな大きな重責を背負って、そのプレッシャーたるやどのようなものか。その中で、いつも以上の結果を出す金メダリストのパフォーマンスの高さと、その精神力の強さにひたすら感嘆しつづけたのでありました。
 ギャラリーに見守られて立つゴルフコンペのティーグラウンド、第一打で必ずチョロを打つプレッシャーに弱い自分が情けなさすぎる・・・。

 それにしてもフィギュアだけではなく、韓国の躍進は素晴らしいですね。日本の半数以下の選手数でありながら6個の金メダルを含む計14個のメダルを獲得。スピードスケートをみながら、もしこの選手たちが韓国競輪に転向したら・・・ 日本の競輪界にとっても脅威となるはず。思わず「がんばれニッポン!」と叫びたくなる衝動にかられたのでありました。

 さて冬季五輪の閉幕直後、松戸では第62回日本選手権競輪G1が開幕しました。こちらも特別の中でも特別のタイトル戦。
 最近ずいぶん増えた選手のブログを見てみると、みなさんかなり冬季五輪に触発されている様子。競輪界のトップアスリートたちがオリンピックに負けないかっこいい走りで湧かせてくれることでしょう!

 自分との闘い、ライバルとの闘い、そして車券をにぎりしめるファンの声援と期待。競輪ならではのドラマチックな6日間。

 
花粉に立ち向かえ!
2010.3.17


 ここ数日の東京は寒さがすっかり緩み、春の陽気です。あたたかな風に誘われて、ふらりと散歩を楽しみたいところではありますが・・・世の中そんなに甘くない・・・花粉が猛威をふるい始めているようです。

 わたしはどちらかというとヒノキ型(自慢になりませんが)のようで、スギ型の人に比べると、ひと月ほど遅れて症状が現れます。今年はまだいまのところ、それほどひどく反応していませんが、明日はわが身。少し前から予防グッズを買いあさっています。
 
 年々充実する花粉対策グッズ。なるべくなら飲み薬には頼りたくないと、今年も試行錯誤を重ねております。

今年は「塗る」タイプのものが人気になっているようです。とくに鼻の外側に塗るものはどの薬局に行ってもすでに売り切れ。「効きますよ」とスタジオのカメラさんから聞き、わたしも買いに行ったのですが、残念ながら手に入れることができませんでした。

 代わりに鼻の中につける塗り薬を購入。めん棒などで鼻の中に塗布するというものですが、電車の中にぶら下がっていたこの商品のポスターを見て笑いました。ラブラブな雰囲気の美男美女。どういう関係があるのかと思いきや、よく見ると男性の手にはめん棒がっ!

「ボクが塗ってあげるよハニー」

「ありがとうダーリン、あなたのおかげで花粉知らずよ」

と勝手にセリフを考え(実際にはどこにもそんなことはのっていない)、美男が美女の鼻の中にめん棒を入れるシーンを想像し、ひとりでウケているわたしは幸せなのか、愚かなのか・・・。

もちろんワタクシは清く正しく自分で自分の鼻にめん棒を入れて塗っております。塗ったところがなんとなくボワンとして効いているような気もします。ただ、注意しなければいけないのは、鼻の入り口に塗りますので、ふと気がつくとゴミなどが付着して、ちょっと間抜けな顔になりやすいこと・・・。仕事でアップになるときには要注意です。

つい先日は鼻の中に入れるマスクとやらを買ってみました。直径1cmほどのくらげのような物体を鼻に差し込んで使用します。奥に入りすぎて取れなくなってしまわないように、両鼻のパーツが紐でつながれています。これがよくできていてほとんど目立たないのですが、ちょっと緩んでくると、牛の鼻輪のような状態に。かなり効果はありそうですが、空気を吸う穴が少なくなるわけですから、必然息苦しさがあります。

ふむ、やっぱり体質改善が一番だよな。

かつて花粉症で苦しんでいた神山雄一郎選手は水を変えるなどしてアレルギーを克服したそうです。「時間はかかるけど、続ければかならず効果がありますよ」と。逆をかえせば、食生活を見直し、地道に努力することこそが大事だということですよね。

所詮、付け焼き刃では解決にはならず・・・。

 よし、今度こそ一年発起して体質改善をめざそう!そう思いながらビール片手に体質改善のためのネットサーフをしているわが身の先が思いやられます。。。


閉幕、そして開幕。
2010.3.3


 17日間に渡り熱戦が繰り広げられた冬季五輪バンクーバー大会が幕を閉じました。冬季五輪は自転車がないですし(当たり前だけど)、夏季に比べて競技数が少ないので、なんとなく意識も低く、そろそろかなあ?などと思っているうちに始まったという印象です。ちなみに、今回のバンクーバーオリンピックは7競技86種目。それに対し夏季五輪、前回の北京オリンピックは28競技302種目ですから大きく違いますよね。
 それでもいざ開幕となると、テレビも新聞も五輪の話題でもちきり。必然、だれもがにわかオリンピック通。わたしも話題に乗り遅れないように、あれこれチェックしていました。

 なかでも世紀の対戦となった浅田真央選手とキム・ヨナ選手の女子フィギュア・フリーはまさに国をあげての物凄い盛り上がりでしたね。これまでもグランプリシリーズや世界選手権など幾度も対戦がありましたが、ここまで注目されたことはなかったと思います。やはり五輪は特別中の特別、四年に一度しかない世界のスペシャルイベントなのだとあらためて感じました。

  四年という重みは、日々自分の肉体と向き合っているアスリートにとってはとてつもなく長い時間ですものね。ここを逃せば次は四年先。しかもそれまでには肉体的な変化もあるかもしれない。自分自身との闘いだけではなく、国の期待という大きな大きな重責を背負って、そのプレッシャーたるやどのようなものか。その中で、いつも以上の結果を出す金メダリストのパフォーマンスの高さと、その精神力の強さにひたすら感嘆しつづけたのでありました。
 ギャラリーに見守られて立つゴルフコンペのティーグラウンド、第一打で必ずチョロを打つプレッシャーに弱い自分が情けなさすぎる・・・。

 それにしてもフィギュアだけではなく、韓国の躍進は素晴らしいですね。日本の半数以下の選手数でありながら6個の金メダルを含む計14個のメダルを獲得。スピードスケートをみながら、もしこの選手たちが韓国競輪に転向したら・・・ 日本の競輪界にとっても脅威となるはず。思わず「がんばれニッポン!」と叫びたくなる衝動にかられたのでありました。

 さて冬季五輪の閉幕直後、松戸では第62回日本選手権競輪G1が開幕しました。こちらも特別の中でも特別のタイトル戦。
 最近ずいぶん増えた選手のブログを見てみると、みなさんかなり冬季五輪に触発されている様子。競輪界のトップアスリートたちがオリンピックに負けないかっこいい走りで湧かせてくれることでしょう!

 自分との闘い、ライバルとの闘い、そして車券をにぎりしめるファンの声援と期待。競輪ならではのドラマチックな6日間。

 
花粉に立ち向かえ!
2010.3.17


 ここ数日の東京は寒さがすっかり緩み、春の陽気です。あたたかな風に誘われて、ふらりと散歩を楽しみたいところではありますが・・・世の中そんなに甘くない・・・花粉が猛威をふるい始めているようです。

 わたしはどちらかというとヒノキ型(自慢になりませんが)のようで、スギ型の人に比べると、ひと月ほど遅れて症状が現れます。今年はまだいまのところ、それほどひどく反応していませんが、明日はわが身。少し前から予防グッズを買いあさっています。
 
 年々充実する花粉対策グッズ。なるべくなら飲み薬には頼りたくないと、今年も試行錯誤を重ねております。

今年は「塗る」タイプのものが人気になっているようです。とくに鼻の外側に塗るものはどの薬局に行ってもすでに売り切れ。「効きますよ」とスタジオのカメラさんから聞き、わたしも買いに行ったのですが、残念ながら手に入れることができませんでした。

 代わりに鼻の中につける塗り薬を購入。めん棒などで鼻の中に塗布するというものですが、電車の中にぶら下がっていたこの商品のポスターを見て笑いました。ラブラブな雰囲気の美男美女。どういう関係があるのかと思いきや、よく見ると男性の手にはめん棒がっ!

「ボクが塗ってあげるよハニー」

「ありがとうダーリン、あなたのおかげで花粉知らずよ」

と勝手にセリフを考え(実際にはどこにもそんなことはのっていない)、美男が美女の鼻の中にめん棒を入れるシーンを想像し、ひとりでウケているわたしは幸せなのか、愚かなのか・・・。

もちろんワタクシは清く正しく自分で自分の鼻にめん棒を入れて塗っております。塗ったところがなんとなくボワンとして効いているような気もします。ただ、注意しなければいけないのは、鼻の入り口に塗りますので、ふと気がつくとゴミなどが付着して、ちょっと間抜けな顔になりやすいこと・・・。仕事でアップになるときには要注意です。

つい先日は鼻の中に入れるマスクとやらを買ってみました。直径1cmほどのくらげのような物体を鼻に差し込んで使用します。奥に入りすぎて取れなくなってしまわないように、両鼻のパーツが紐でつながれています。これがよくできていてほとんど目立たないのですが、ちょっと緩んでくると、牛の鼻輪のような状態に。かなり効果はありそうですが、空気を吸う穴が少なくなるわけですから、必然息苦しさがあります。

ふむ、やっぱり体質改善が一番だよな。

かつて花粉症で苦しんでいた神山雄一郎選手は水を変えるなどしてアレルギーを克服したそうです。「時間はかかるけど、続ければかならず効果がありますよ」と。逆をかえせば、食生活を見直し、地道に努力することこそが大事だということですよね。

所詮、付け焼き刃では解決にはならず・・・。

 よし、今度こそ一年発起して体質改善をめざそう!そう思いながらビール片手に体質改善のためのネットサーフをしているわが身の先が思いやられます。。。


閉幕、そして開幕。
2010.3.3


 17日間に渡り熱戦が繰り広げられた冬季五輪バンクーバー大会が幕を閉じました。冬季五輪は自転車がないですし(当たり前だけど)、夏季に比べて競技数が少ないので、なんとなく意識も低く、そろそろかなあ?などと思っているうちに始まったという印象です。ちなみに、今回のバンクーバーオリンピックは7競技86種目。それに対し夏季五輪、前回の北京オリンピックは28競技302種目ですから大きく違いますよね。
 それでもいざ開幕となると、テレビも新聞も五輪の話題でもちきり。必然、だれもがにわかオリンピック通。わたしも話題に乗り遅れないように、あれこれチェックしていました。

 なかでも世紀の対戦となった浅田真央選手とキム・ヨナ選手の女子フィギュア・フリーはまさに国をあげての物凄い盛り上がりでしたね。これまでもグランプリシリーズや世界選手権など幾度も対戦がありましたが、ここまで注目されたことはなかったと思います。やはり五輪は特別中の特別、四年に一度しかない世界のスペシャルイベントなのだとあらためて感じました。

  四年という重みは、日々自分の肉体と向き合っているアスリートにとってはとてつもなく長い時間ですものね。ここを逃せば次は四年先。しかもそれまでには肉体的な変化もあるかもしれない。自分自身との闘いだけではなく、国の期待という大きな大きな重責を背負って、そのプレッシャーたるやどのようなものか。その中で、いつも以上の結果を出す金メダリストのパフォーマンスの高さと、その精神力の強さにひたすら感嘆しつづけたのでありました。
 ギャラリーに見守られて立つゴルフコンペのティーグラウンド、第一打で必ずチョロを打つプレッシャーに弱い自分が情けなさすぎる・・・。

 それにしてもフィギュアだけではなく、韓国の躍進は素晴らしいですね。日本の半数以下の選手数でありながら6個の金メダルを含む計14個のメダルを獲得。スピードスケートをみながら、もしこの選手たちが韓国競輪に転向したら・・・ 日本の競輪界にとっても脅威となるはず。思わず「がんばれニッポン!」と叫びたくなる衝動にかられたのでありました。

 さて冬季五輪の閉幕直後、松戸では第62回日本選手権競輪G1が開幕しました。こちらも特別の中でも特別のタイトル戦。
 最近ずいぶん増えた選手のブログを見てみると、みなさんかなり冬季五輪に触発されている様子。競輪界のトップアスリートたちがオリンピックに負けないかっこいい走りで湧かせてくれることでしょう!

 自分との闘い、ライバルとの闘い、そして車券をにぎりしめるファンの声援と期待。競輪ならではのドラマチックな6日間。

  がんばれっ!競輪選手たち!!


おこられたけど・・・
2010.2.17


  桜の開花予想が発表になりましたね。気象庁から民間業者に変わろうが、当たろうが当たるまいが、とにかくこのニュースを聞くと「春」を感じ、ウキウキしてきます。「花見で一杯」までもうすぐです!

 なんてことを考えていると、あの歌を思い出します。

 一月は正月で酒が飲めるぞ~
 二月は豆まきで酒が飲めるぞ~
 三月はひな祭りで酒が飲めるぞ~
 四月は花見で酒が飲めるぞ~
 (以下省略・・・)

 そうです、大ヒットした『日本全国酒飲み音頭』です。  この歌が流行った当時、わたしは中学生で放送委員をしていました。放送委員になると、当番制で給食の時間にお昼の音楽を流すという役割があります。素材はレコードかカセットテープ。基本的には学校にあるものから選んでいたのですが、ときにはクラスの友達が持ってきたものをかけたり、自分で用意したりもしていました。

 ある日ラジオで流れていた『日本全国酒飲み音頭』を聴き、これは面白い!とカセットテープに録音。まだヒットする前でしたが、自信を持ってお昼の放送でON AIR。
 と、曲が終わった直後に放送委員をまとめている先生が真っ青な、いや真っ赤な顔をして放送室に駆け込んできました。

「お前かっ!?」
「は・・・?」
「いいからすぐに校長室に来い!」
「へ・・・?」

 今考えれば当たり前ですが、健全であるべき中学生が「♪酒が飲める飲めるぞ~ 酒が飲めるぞ~」とは何事かっ!と校長先生がご立腹、即呼び出しとあいなったわけです。校長先生といえば、いつもは朝礼台や体育館のステージに立つお姿を遠くから眺めているだけのお方。間近でお目にかかれるなんて・・・しかもはじめての校長室とあってはミーハー気分を抑えられずキョロキョロ。担当の先生に足を踏まれ、神妙に頭を下げました。
 結局、先生の陳謝のおかげで、今回はテープの没収と厳重注意でおさめましょうということになり、無事解放されました。

  クラスに戻ると教室では大ウケだったとか。しかもそれから瞬く間にこの歌が大ヒット。先生には申し訳ないけれど、ちょっと得意な気持ちになったのを覚えています。

 あの頃は自分が大人になってから仕事として放送に携わることになるとは思いもよりませんでした。先生、ご迷惑をおかけしました。あのときのご恩は今も忘れておりません。

  余談になりますが、校長室に呼び出されてから15年ほどたったある日、『日本全国酒飲み音頭』を歌っていたバラークーダーのリーダーであり、作詞をされた岡本圭司さんと一緒にお仕事をさせていただく機会がありました。ことのいきさつを話したらとても喜んでくださって、本番前から和気あいあい。その日のステージは大成功でした。

 若き日の暴走は良き経験、そしていつか思わぬ副産物をもたらすやもしれません。負けるな若者、どーんといってみよう!!  



事前調査
2010.2.3


 早いものでもう2月。2010年も12分の1が終わってしまいました。競輪祭のない1月はどことなくのんびり、かつ寂しいような。そうこうしているうちに前回のキムチ事件?がありましたので「連休にのんびりしてはいけない!」と気持ちをひきしめ、二泊三日で石垣島に行ってきました。

 ちょうどマイルがたまっていたので、久しぶりに沖縄にでも行こうかと。「だったら自転車持っていこうよ」「それなら本島より離島がいいんじゃない?」とだんだん欲張りだして、恐れおおくも選手の沖縄合宿をイメージしながら特典航空券をネットでポチッ。

 ここでひとつめの大きな誤りがあったのです。  去年、佐藤慎太郎選手から「アップダウンが少なくて走りやすいですよ。楽しいと思いますよ、宮古島」と聞いていたのに・・・、そうだ宮古島だ!と思っていたのに・・・、どういうわけか『石垣島』行きをポチッ。グランプリ優勝の海老根恵太選手も、ヤンググランプリ優勝の神山拓弥選手もたしか直前に石垣島に行っていたとか。その印象が強かったせいかもしれません。気付いた時にはすでに遅し。変更はききませんでした。でもいいか、石垣島には友達もいるし。

 ところが、ふたつめのミス。
 出発前日に連絡のついた友人から「その日は島のマラソン大会だよ」と教えられました。しかも県外からも多数参加する3000人規模の大掛かりなものとか。案の定、空港に大きな輪行バッグとともに降り立ったわたしたちは完全に浮いた状態。石垣島ではアースライドという自転車の大会やトライアスロンも行われますので自転車を持ってくる人はそれほど珍しくないのですが、その日は明らかに「これからやるのはマラソン大会ですからね~」的なムード。肩身の狭い思いをしながら大きな荷物をうんしょと運び出しました。

 翌日は、マラソン大会で道路規制がある南側を避けて、景色のよさそうな二つのコースを設定し、距離も短めにゆるいポタリングを計画。ところがここでまた過ちが・・・。
 たしかに二か所ともとても景色はよかったのですが、いずれも岬の突端を目指すコース。そうです、山坂ばかり。フラットなところはないに等しく、アップダウンの繰り返し。下るときはあっという間ですから、印象としてはひたすら、アップ、アップ、さらにアーーーップ!という感じ。ハワイで160km走ったときよりつらかった~。その分、坂を上りきった高台からみた眼下に広がる景色はより一層の輝きを放ち、爽快感がありました。あとから話を聞いたところ、選手ですら練習であまりいかないという坂のきつい2つのポイントをしっかりセレクトしていたようです。

 常日頃から行き当たりバッタリが多いわたしですが、事前の聞き込み調査の重要性を思い知ったのでありました。

 余談になりますが、友人に連れて行ってもらった焼肉屋さんでピストレーサーのフレームを発見。な、な、なんと、石丸寛之選手のものでした。店長と顔なじみだそうで、「お店に飾るからなんか送ってよ」とお願いしたらこのフレームが届いたのだとか。そういえば石丸選手もGP前にひとりで石垣合宿をしていましたものね。“友達の友達の友達”だったとはびっくり。こういう『バッタリ』は楽しく大歓迎なんですけどね~。

  ともあれ終わってみればすべてが旅の楽しい思い出。早くも次はどこを走ろうかなと、計画中です。輪行、くせになりそうです。次はしっかり調べてから行こーっと。  



回遊魚体質
2010.1.20


  コラムで連係している吉井さんと体調面でも連係することになるとは思いませんでしたが、つい先日わたしもあえなくダウン。数年ぶりに寝込みました。
 まさに「悪いものでも食べた」のだと思いますが、珍しく胃腸炎になってしまったのです。元来お腹は“超”がつくほど丈夫なのですけれど。。。

 思い起こせば、焼肉屋で食べきれずに残したキムチをいじましくお持ち帰りにしてもらって、翌日食べたのが運のツキ。その直後から急変。少々疲れ気味だったところに、ニンニクの刺激が強すぎたのかもしれません。猛烈に胃が痛み出し、トイレを往復。

「なんだかダメかも~」

  と思った瞬間から、どんどん具合が悪くなって(あきらかに気持ちの問題)、体のあちこちも痛み出して発熱。とはいっても何度体温計で測ってみても37度台をいったりきたりする程度でしたが、普段いたって健康ですので37度を越えただけでぐったり。しかも本人は「わたしは病気、薄幸なオンナ」と気持ちがすっかりしおれ、わけのわからないヒロインモードになっておりましたので、翌日もベッドから起きられずうなりつづけておりました。

  その後病院で点滴を受けた途端、あーら不思議。これまたあっという間にメキメキと回復し、一晩寝たらすっかり元気。普段あまり薬を飲まないので、しっかり効いたというのもあるとは思いますが、何より「病院に行って、点滴までしちゃった安心感」が回復の機動力になったのではと思っています。まさに病は気から。

 大概体調を崩すのは、何の予定も入っていないお休みが続いたとき。今回も三連休でとくに用事もなく、のんびりしようと思っていた矢先のことでした。気持ちが緩むと、体も緩んでしまうのでしょうね。具合悪くなる過程で一日、寝込んで一日、リハビリに一日、きっちり丸三日。こうして何もないはずの三連休がきれいに終わったのです。

 いつも仕事のわずかな隙間に旅行やらスポーツ・レジャーやら用事を詰め込むわたし。泳ぎ続けていないと酸素が供給されず死んでしまうマグロやカツオなどの回遊魚のように「動いていないと死んじゃう体質」と友人からは言われています。本人はそんなつもりはまったくなかったのですが、もしかしたら本当にそうなのかも。

 スケジュール帳をもう一度チェックして、しっかり休みのスケジュールを見直し、どこに行こうか予定を立て直さねば!と心に誓ったのでありました。

 ちなみに病院の先生いわく、ここ一週間くらい前から胃腸炎を伴う風邪が大流行の兆しを見せているそうです。学級閉鎖になっているクラスも増えているとか。みなさまもどうぞくれぐれもご自愛くださいませ。
 おっ、ということは今回のわたしは流行に敏感だったってことかしら?  

 自宅でゆっくりせず、流行にとらわれないことこそが健康の秘訣!?



新しい手帳
2010.1.7


 新年あけましておめでとうございます。2010年の幕明け、みなさまはどのように迎えられましたか?

 わたしはGPシリーズ、年越し生放送、元旦収録、正月開催のライブ中継と、仕事を納めずにそのまま仕事初めとなりました。「一年の計は元旦にあり」―――しかしながら、計をたてる余裕なく仕事にいそしんでおりましたので、これはきっと「せっせと働き競輪三昧なさい」というお達しとありがたく受け止め、今年もがんばる所存でございます。

 というわけで、買ったまま放置してあった新年の手帳にようやく1月のスケジュールや友人の誕生日などを書き込み、古いものと差し替えました。手帳が新しくなるとなんとなく気持ちも一新します。とくに今回は・・・。
 忘れもしない去年の三月、鞄の中にコーヒー(ブラックコーヒーの大きい缶ボトル)をぶちまけ、防水効果の高い鞄だったことが災いし、コーヒーの中で私物がちゃぷちゃぷ浮かんでいる状態でした。せっせと拭いて乾かして、多くのものは復活しましたが、電子辞書は壊れ、また手帳にはかぐわしいコーヒーの香りと茶色いしみがたっぷり。買い換えようかともおもったのですが、三月ともなると店頭から日付入りの手帳の類はほとんど姿を消しており、探す手間を惜しんで結局そのまま使い続けました。
 ようやく今きれいな手帳を手にし、なんとも清々しい気持ちになっているのです。

 おりしも先日目にした雑誌で『手帳活用術』が特集されていました。そこで4行日記なるものが紹介されておりました。これは小林惠智さんという方が発明し、何年か前には本にもなって話題になったそうです。
 短く簡潔に、事実=その日あったこと、発見=そこから気づいたこと、教訓=発見から得た教訓、宣言=自分がありたい姿を現在進行形で宣言すること、という4つの項目を書き続けることで思考がポジティブになり、問題解決力や課題発見力が身につき、さらには理想の自分の姿に近づくというものらしいです。
 これは簡単だし、意外とおもしろいかも!ということで新しい手帳に4行日記を書いていくことにしました。

 書き出しは1月4日。
事実=今年最初の車券勝負、低配当を嫌ってひねって負ける。
発見=堅いときは堅い。
教訓=見極める力と、素直な心が大事。
宣言=わたしは本命勝負でも車券を買い、当てます。

 はたして年末、わたしは「車券で勝てる」理想のわたしに近づくことができているのでしょうか?
 ちなみにこの日記の一番大事なポイントは毎日続けることだそうです。なによりもそれが問題かも。

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新しい手帳


Profile

さとうゆみ
1964.8.7

アナウンサー歴17年
クラシック・オペラなどの各種コンサートから式典・トークショー・バラエティーの司会やTVリポーター、ラジオのパーソナリティー、ナレーターなど仕事のジャンルは多岐にわたる。
1998年よりSPEEDチャンネルキャスターとして輪界デビュー。
趣味はイルカと泳ぐこと、ボディボード、サイクリング、ドライブ。

イルカとの関わり
1998年第7回国際イルカ・クジラ会議のボランティアスタッフを経験。人と海・イルカ達、そして自然との関わり方を模索しつつ、それらをライフワークとし、自分に何がしていけるかを探索中。
2001年4月より半年間、無理やり特別休暇をとり、御蔵島でドルフィンスイムガイドなどの修行(?)をする。
現在は本業に励みつつ、時々イルカと泳いでいる。



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